落日の彼方







第2章











 時は華やかなりし平安末期――――――源平合戦の頃。

 鎌倉で清和源氏の嫡流・源頼朝が挙兵し、京の都を本拠地とする桓武平家の一族との戦を起こした。

 平家が権力を握ることとなった保元・平治の乱の遺恨が発端ではあるが、頼朝の最終目的は父・兄弟の仇である平家討伐ではなく、武家による武家の為の政権……いわゆる、朝廷とは別の新たなる権力を作ることであった。

 それは、決して平家の棟梁・清盛の権力の持ち方と同じではない。彼は朝廷と深く結びつくことで力を得た。
 そうではなくて、頼朝は、朝廷と離れることで全く別の力を誕生させようと試みているのだ。

 けれど、それは簡単なことではない。平家を倒せばそれが可能かといえば、否と答えるしかないだろう。
 頼朝挙兵当時、日本は当の頼朝を入れて四つの勢力に分けられていた。西日本を清盛率いる平家、関東一円を頼朝が支配し、さらに、信濃以北に木曾義中が、東北に藤原秀衡がいた。

 そして……後年、頼朝をして『日本一の大天狗』と言わしめた、後白河法皇のいる朝廷がある。

 それらを全て平らげねば、頼朝の野望は決して叶うものではなかったのだ。

 ともかく、まずは仇敵平家を討つことを念頭において、頼朝率いる源軍は戦いを仕掛けた。







 そんな争いの中。

 1181年閏2月、平清盛が没す。

 強大な指導者のいなくなった平家に動揺が走った。
 次の棟梁・宗盛は、清盛の子とは思えぬほど愚鈍な男で、誰もが彼に眉をひそめた。
 けれど、平家の存続がかかっている戦で負けるわけには行かず、一族の結束を固めることに力を入れるのだった……。















 小次郎の家は結構有力な家柄らしい。

 まず、彼の館は、豪華さから言えば都の物には劣るけれども、関東らしいしっかりとした造りであった。下野の佐竹の館と同じ規模であったので、少なくとも彼と同等ぐらいの家柄なのだろう。
 そして、使用人が大勢いるが、小次郎は彼らから『若殿』と呼ばれていた。
 つまりは、この家の次期当主ということだ。

 意外なところで意外な大物と出会ってしまい、三郎は肝を冷やす。もし、これで自分が平家の者だと知られたら……考えるのが怖くなってしまった。

 しかし、小次郎本人には敵だと思わせるものが何もなかった。
 もちろん、自分の身分を知らせていないことも理由の一つではあるだろうが、何よりも、彼自身の人柄が奔放で屈託がなく、純粋さを感じさせるからだろう。不思議と、彼の前では構えることも忘れてしまうのだった。

 素朴さと純粋さは、地方ならではの特色なのだろうか。都では、彼のような人間にはお目にかかったこともない。何となく、貴重な存在に思えてしまう。

 時折使用人達がこそこそと噂話をしているが、それも小次郎という人間を如実に語っていた。

「若殿は、また拾い物をしてきたって?」
「今度は何?犬かい?それとも猫?この間は山から猿も連れてきたよね」
「今度は人だよ。倒れていたのを見つけたんだとさ」
「とうとう人間まで拾ってくるようになったか。でも、若殿らしいな」

 もちろん彼らの主人のいない所での会話だが、その仲には楽しげな笑い声も含まれている。慕われているのだと、強く伝わってきた。

(……しかし、犬や猫や、はては猿と同等に見られているのだろうか……?)

 少し、情けなくなってしまう。

 何よりも驚いたのは、なんと彼が自分と同い年だったということだ。

「……ということは、君って14歳、なの?」
「そう見えないか?」
「全然見えない……」

 彼と比べたら、自分の体型の何と貧弱なことだろう。小次郎よりも一回りは確実に小さかった。腕も細いし、色も白いし……何よりも、三郎は常に童顔と言われていた。大きな瞳はまるで女のようだと自分でも嫌っているのだが、それが確実に彼を年よりも若く見せているのだ。

 果たして、この差はなんなのだろう?

 都と坂東の違い、と一概に決め付けるには三郎は自分に自信がなかった。
 もし、自分が坂東に生まれ育っていたならば、彼のようになっていたであろうか……?……とても、そうとは思えない。

 また、小次郎の言った通り、三郎はしばらく高熱を発したのだが、何と『若殿』直々に夜通し看病してくれたのだ。

 小次郎は、

「気にするな。こういう性分なんだ」

 と軽く笑う。

 しかし、夜中にいつ目が覚めても、彼が起きていて冷たく冷やした手拭を額に当ててくれていた。一睡だってしていないかもしれないのに。

「……小次郎って、実は動物なんかの世話をするのが好きだろう……?」

 いつの間にか彼に対して砕けた言葉遣いをしていたが、全く違和感はなかった。小次郎の方も気づきもしていない。

「よく分かったな」
「……それは、わかるさ」
「まあ、こういう性分なのさ」

 どうやらそれが小次郎の口癖なのだろう。今までも、きっと周りから口うるさく言われていたに違いないと思い、笑いがこみ上げてきた。
















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