第6章  The future pivots on your decision.








V









 アーシアは、アレクサンドロスの元へと駆け寄るリュコスとヘファイスティオンとは逆方向へと走り出した。

「アーシア!?」

 ヘファイスティオンの声が背にかかるが、彼女に止まる気配は無かった。

 アーシアの脳裏に浮かぶ記憶。
 芸人達と隠れるように会っていた、あの人。

 まさか、と思う。だが。

 脇目もふらずに走り抜けていく。彼がどこにいるか、なんて知らない。けれど、たなびく煙のように流れて出て来る神気を感じていた。それを辿っていく内に、彼の気配も混じってきて。

 裏庭に飛び出した彼女の視界に、フィリッポス・アッリダイオスと……異国人の姿が入った。明らかに、人目を避けた密会。振り返ったフィリッポス・アッリダイオスの表情が忌々しげに歪められる。






 ――――――そのフィリッポス・アッリダイオスにだぶるように重なる影が、アーシアには見えた。






 異国人が剣を抜いて襲い掛かってくる。しかし、彼女は難なくその刺客を一刀のもとに切り伏せた。そして、切っ先をフィリッポス・アッリダイオスの喉元に突き付けた。

 しかし、彼女が険しい眼差しで睨みすえているのは、彼の置くに潜む影であった。

「……アパテ、だな……!」

 低く紡がれた彼女の声に、フィリッポス・アッリダイオスからゆらりと黒い影が立ち昇った。靄のようなその影は、徐々に人型をとっていく。その頭部に当たる部分が、上向きの三日月のようにパカリと裂けた。笑っているのだ。唇を吊り上げて。

 アレクサンドロスと父王が何とか仲直りが出来るといい、そう言って悲しげな瞳を伏せたフィリッポス・アッリダイオス。あれ程にアレクサンドロスの事を案じていた。それなのに。






「アフロディーテに命ぜられたか!?<欺瞞>アパテ!!」






 彼は誠実で純粋な心の持ち主で信頼出来る人間だ、と優しく微笑んだアレクサンドロス。心を通い合わせている、兄弟。
 その心を踏みにじる行いに、アーシアの中で女神への怒りが湧き上がった。

 アパテは、くくっと笑みを歪ませる。

「何の事やら、と言いたいが、あんたと美の女神の確執は聞いているよ。だからといって、あたしがこいつに憑いているのは無関係さね。あたしはただ、こいつに呼ばれただけなんだからね」
「何だと!?」
「こいつの心の中には、アレクサンドロスに対する妬みや僻みが潜んでいるのさ。自分が国王になるのは諦めている、だけどアレクサンドロスが国王になるのも嫌だってね」

 まさか、と思う。
 けれど、心のどこかで納得している自分がいるのもアーシアには分かっていた。

 アーシアが王宮に来る前から、敵国の刺客に狙われていたアレクサンドロス。忍び込むのが難しい奥宮まで入り込んだことから、内通者がいるのでは、と調べた事もあった。けれど、結局内通者を突き止めることは出来なかった。王族の一人が、その犯人だとはまさか誰も疑いはしないであろう。

 アーシアが来る前から、彼はアパテに憑かれていたのだ。
 そして――――――敵国と内通していた。

 胸の内がもやもやとする。こんな気持ちは初めてだった。目の前の人物に対する、怒気とも嫌悪ともつかない嫌な感じだった。

 それが表情に表れていたのだろうか、アーシアを見てアパテが面白そうに咽喉を震わせた。

「どうする?あたしを払うかい?構やしないが、同属のあんたじゃ無理に引き剥がしたらこいつも無事ではいられないよ。こんなに深く根付いてるんだからね」

 完全に分離させるには相対する属性の力でなくてはならない、というのだ。

 ただ消滅させるだけならアーシアには簡単だった。
 しかし、その時にはフィリッポス・アッリダイオスの命も保証できない。彼が本心からアレクサンドロスを害そうとしていたのなら、アーシアは迷う事無く力を振るっただろう。確かに、彼の内にはアレクサンドロスに対する嫉妬や僻みが存在したのかもしれない。けれど、それは本来ならば無意識かに沈み込んでいるもので、アパテがとり憑いた事によって増幅されてしまっただけかもしれないのだ。

 アレクサンドロスは彼を信頼していると言った。
 彼を失えば……アレクサンドロスが、悲しむかもしれない……。

 どうする事も出来ず歯噛みするアーシアを、アパテは嘲笑った。そこへ。

「アーシア!?アッリダイオス様!?」

 ヘファイスティオンとセフェリスが駆けつけた。アレクサンドロスはリュコスに任せて、アーシアの様子がおかしいと彼女を追ってきたヘファイスティオンだったのだが。
 彼の視界に入り込んできたのは光景は、相対峙するアーシアとフィリッポス・アッリダイオスであった。しかも、アーシアは彼に剣を突きつけているではないか。ヘファイスティオンの目にはそうとしか見えない。彼にはアパテが見えなかったのだ。

「一体これは……?」
「助けて下さい、ヘファイスティオン!」

 アッリダイオスの口を使ってアパテが叫ぶ。

「この娘が敵国の刺客を忍び込ませていたのです!彼女はアレクの敵なんです!!」
「な……何を……」

 突然の事に、ヘファイスティオンは思考がまとめられなかった。
 誰が、何だって?

「それに気づいた私を口封じに殺そうとしているんです!!」

 ヘファイスティオンは愕然としてアーシアを見た。アーシアも彼を見返したが無言だった。何と言葉を発すれば良いか分からなかったのかもしれない。

 慌てたのはセフェリスの方だった。

「ち、違います!アーシア様は敵ではありません!アッリダイオス様が内通者なんです!!」

 彼はアパテを見る事が出来たので、このからくりに気が付いた。だから、彼女を庇うように前へ出た。しかし、それがさらに事態を悪化させる結果になってしまう。

「この少年の言う事を信じてはいけません!彼は父上とアレクを仲違いさせた者なんです。彼も敵の一味なんです!」

 セフェリスは唇を噛み締めた。アレクサンドロスとフィリッポス二世を不仲にさせたのは確かに自分なのだ。例え、それが命令された事であっても。今は違うのだと言い訳しても、過去は変えられない。弁明が何の役に立つのだろうか。信じてほしいと願うが、信頼を得るには自分の過去の罪は重すぎるのだと、セフェリスは自責してしまう。

 黙り込んだ少年を見て、ヘファイスティオンは混乱してしまった。この光景だけを見れば、フィリッポス・アッリダイオスの言葉の方が信頼性があるのだ。確かにセフェリスは国王父子の亀裂を作った張本人であるし、アーシアだとてアレクサンドロスの守り役の娘である、というだけで他の一切の素性が謎なのだ。誠実な人柄の持ち主であるフィリッポス・アッリダイオスの言葉を疑う理由はどこにも無いのだが。

 けれど……ヘファイスティオンは、アーシアやセフェリスに敵意を感じた事は無かった。特に、アーシアの、アレクサンドロスを守ろうと思う真摯な願いは、痛いほど彼にも伝わってくるのだ。彼女が敵だとも……思えない。

 どちらも信じたいけれど、それが出来ず悩むヘファイスティオン。






 その時――――――彼の視界を白い光が爆発したかのように覆った。











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The future pivots on your decision. =「未来は君の決心で決まる」




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