第6章  The future pivots on your decision.








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 宴の始まる気配を背に、アーシアは王宮外にあるヘファイスティオンの館へと向かった。

 実は今、セフェリスはヘファイスティオンに預けられていた。王宮内にはいない方が良いと判断されての事だ。セフェリス自身も異議を唱える事は無く、傷の癒えた彼はそこでヘファイスティオンやリュコスに剣を習っているのだ。
 親衛隊の中にはいまだにセフェリスを受け入れる事に反発している者もいる(その筆頭がアステリオンである事は言うまでも無いが)。そんな中での唯一の理解者がこの二人であった。

 彼女がヘファイスティオン邸にたどり着いたのと擦れ違うように、ヘファイスティオンとリュコスは王宮へ出仕する為に出かける所であった。

「丁度良かった。セフェリスがどうしてもアーシアに会いたいと言っていた所だったんだ」
「セフェリスが?」

 アーシアの訪れを知って、セフェリスが彼らの元へと走り寄って来る。

 彼はハニーブロンドの巻き毛で右の顔半分を覆っていた。やはり、右顔面の火傷の状態は酷く、醜い引き攣(つ)れの痕が残ってしまったのだ。右目の視力もほとんどなくなったらしい。
 それでも、彼は決してその行為を後悔する事無く、かえって以前よりも生き生きとした様子を見せていた。何より、表情がある。以前は人形と見誤るほど感情を表さなかった彼だが、今は歳相応の少年らしさを見せるようになった。

「どうしたの?」

 セフェリスはアーシアの傍らによると、リュコスらには聞こえないようにそっと耳打ちをした。

「……不穏な空気を感じるのです。オリンポスの神ではないようですが……人外の者の気配が、あります」

 長い間、神々の世界に関わって来たセフェリスである。人間ではあるが、神の気配には敏感であった。

 人外の者の、気配。
 何かが、起こるというのか。

(まさか……アフロディーテの……?)

 アーシアは無言で踵を返して、元来た道を引き返した。セフェリスもその後を追って駆け出す。

 突然の事に、ヘファイスティオンとリュコスは呆然とするが、彼女達のただならぬ様子にすぐに二人を追って行った。

 もう宴は始まっているはずだった。王宮へとたどり着いた時、しかし宮殿内からは明らかに宴とは異なる不穏な空気がざわめきと共に伝わってきた。さすがにリュコスとヘファイスティオンも何事かが起こったのだと気づいて、騒ぎの元へと駆け出した。










 軽快な音楽と豪勢な食べ物。そして、気前よく振る舞われる酒。
 程よく酔いも回り、フィリッポス二世は大いに機嫌が良かった。傍らに妃やその他の美女を侍らせ、得意げに武勇伝を語りだす。その様子を見て、家臣達は一同ほっと安堵の息を吐いた。ご機嫌取りは成功したようだ。
 そこで、さらに国王の気を引こうと、更なる趣向を催促した。
 その場へ、明らかに異国人と思われる芸人の一団が進み出てきた。マケドニアでは馴染みの無い楽器を取り出し、耳慣れぬ曲を弾きだす。その楽の音に合わせて、身体の線が露なほど薄い衣装を纏(まと)った妖艶な踊り子達が舞い出した。

 煽情的な踊りに、フィリッポス二世ばかりか他の男達の視線も集中する。
 宴もたけなわなその時。






 ――――――踊り子達や楽人達が突然、隠し持っていた剣を閃かせて襲いかかって来た。






 咄嗟の事に反応出来る者はいなかった。酔いも回って身体の動きも鈍く、宴の雰囲気に油断していた事もあったのだろう。華やかで賑わいのある宴は、突然血と悲鳴の渦に巻き込まれた。

「フィリッポス二世、覚悟!」

 国王目掛けて、芸人の長らしき楽人が剣を振り下ろす。フィリッポス二世は、酔いに充血した目を見開いたまま、硬直して逃げる事も出来なかった。

 剣が国王に届く直前に。






 ――――――横合いからそれを受け止めた人物がいた。






「……刺客か。どこの国の者だ?」
「お前が、あのアレクサンドロス王子か」






 酔いを欠片も見せないアレクサンドロスは、目前の男を睨み据えた。
 実は、彼は最初こそ宴に出席していたものの、早々に別室に引き下がっていた。フィリッポス二世の機嫌が良かったのはその為でもあったのだ。しかし武人としての勘が働いたのか、嫌な予感を覚えて宴の場へと戻ってきたアレクサンドロスであった――――――実際、その判断は正しかったわけであるが。

 名を知られていることに、アレクサンドロスは少しだけ眉を吊り上げた。マイドイ人討伐でアレクサンドロスの名は周辺国まで広まっていたから、刺客と化した男が『あの』と付けたのも、それが理由であるのだろう。

 剣を押し合いながら、アレクサンドロスと男は睨み合った。どちらも一歩も引く気配は無い。

(この男……かなりの使い手だな)

 その剣を受け止めて、アレクサンドロスには男の技量が伝わった。
 間近で見る男はまだ若かった。二十代前半というところか、浅黒い肌に鷹のような鋭い目の持ち主であった。その雰囲気は、芸人などでは有り得ない、戦士そのものである。

 男の目がきらりと光った。
 殺気がアレクサンドロスを襲う。彼と同時に剣をはじき、アレクサンドロスはすかさず右頸部を狙い剣を繰り出した。しかし、今度は逆にそれを受け止められる。

「……噂通り、手強い男だな」

 男はにやりと笑った。
 そして、バッと後ろに飛び退き、アレクサンドロスと距離を保った。

「その実力に敬意を表して名乗ろう。私はアテナイのレオーンという。命があったら覚えておけ」
「……アテナイの荒獅子か!」

 その名に覚えのあったアレクサンドロスは、少なからず驚いていた。

 アテナイのレオーンといえば、若いながらもその実力を認められ、将軍に抜擢された男であった。アテナイ全軍を率い、負け知らずで有名であった。まさか、そんな大物が直々に刺客として敵国へ潜入するとは、なんて大胆な行動であろうか。

 だが。

「レオーン将軍が相手となれば、不足は無いな」

 強敵を相手に、喜ぶ自分がいる事をアレクサンドロスは自覚していた。戦士としての性(さが)だろう、強い敵に巡り合うと、全身の血が沸き立つような高揚感を感じるのだ。

「アレク!」

 そこへ、リュコスが駆けつけた。走りざま剣を振るい、次々と敵を倒していく。
 それを見て、レオーンは配下の者に命じた。

「邪魔はさせるな!」

 その言葉に、彼も自分との一騎打ちを望んでいるのだと知り、アレクサンドロスは唇の端を上げて笑った。












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The future pivots on your decision. =「未来は君の決心で決まる」




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