第二章  I believe in fate.






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 王宮の奥宮まで賊が入り込んだということは、内通者がいると見て間違いないだろう。

 王族の住居で刺客に襲われたアレクサンドロスらに緊張が走る。
 意識を失ったのか、途中からの記憶がない。気が付けば、賊は全て倒れていた。どうやらアーシアに助けられたようだった。

「二度までも危急を救ってくれたんだ。彼女に対する疑いを解いてやったらどうだ?」

 リュコスがそう促したのは、渋い顔をしているアステリオンにであった。
 薄金の長髪に水色の切れ長の瞳の彼が険しい表情をしていると、ただでさえ冷感を感じさせる雰囲気が、氷壁のように凍てついてしまう。

「……本当にお前は脳天気だな。一日に二度だぞ?しかも、二度ともあの娘が関わっている」

 つまりは大いに疑わしいということだろう。

 本当に二度とも偶然なのだが、アステリオンにはそうは思えないらしい。かつて『問題を複雑にしたがる』と評されたアステリオンであるが、その評価は妥当であったようだ。ちなみに、そう評したのはリュコスである。

「お前はどう思う?ヘファイスティオン。あのアーシアという娘、怪しいと思わないか?」
「……状況としてはそうも思えるが、アレクの人を見る目を信じたい、というのもあるかな」

 矛先を向けられたヘファイスティオンは苦笑しながら答えた。

 彼もアレクサンドロスと共に狩猟に赴いた仲間達の一人である。
 一度目の襲撃の後、彼らとは別れて先に王宮に戻ってきていたのだった。だから、アーシアという娘と言葉を交わす機会は少なく、彼女の人となりを判断することは出来ない。
 アレクサンドロスとアステリオンの双方の意見も聞いたが、どちらもそれなりに納得ができるので頷きかねているのだった。

 ヘファイスティオンもクレイトスと同じく、幼い頃よりアレクサンドロスと共に育てられてきた。アッシュブロンドの優しげな顔立ちの彼は、しかし武勇にも優れ、アレクサンドロスの親衛隊の筆頭に挙げられている。
 アレクサンドロスの、自他共に認める親友であった。

 そのヘファイスティオンを挟んでアステリオンの向かい側に立つリュコスは、

「そうだ」

 と名案を思いついたとばかりに声をあげた。

「エウリュティオーンに会ってもらったらどうだ?」
「エウリュティオーンに?」
「いくら石頭のアステリオンでも、彼の保証があれば納得できるだろう?」

 リュコスの提案に、アステリオンは眉を寄せて黙り込んでしまった。








「というわけで、申し訳ないがエウリュティオーンを訪ねてもらうことになった」

 アーシアを伴うアレクサンドロスに伝える。彼を通してアーシアに了解を得る形だが、実際は半強制と言ってもいいだろう。

「それでアステリオンが納得できるのならいいだろう」

 アーシアを信じているアレクサンドロスは、屈託なく承知した。

 アステリオンは渋面を崩してはいなかった。
 例え誰の保証でも彼には信じるつもりなどなかったのだが、エウリュティオーンを疑うわけにもいかないのだ。複雑な心境のアステリオンは、こんな提案を持ち出したリュコスを恨めしく思ってしまう。

 当事者であるアーシアには、しかし、そのエウリュティオーンという人物と会うことが何故自分の潔白に繋がるのかが理解できずに、首を捻っていた。

 そんなアーシアの様子を見て、アレクが説明する。

「エウリュティオーンはアテナ女神の神官だ。女神の加護を受けているので、彼にかかれば、心やましい者はすぐに見破られてしまうのさ」

 正義と戦いの女神アテナの恩寵を受けた者の言葉には絶対の信頼がある。国王や重臣達からも一目置かれた存在なのだ。彼の言葉を疑うことは国を、ひいては神々をも疑うことと同義である。
 いくらアステリオンといえど、そのような危険を冒すわけにはいかなかった。

 だからこその、打開案である。

「女神アテナの……神官?」

 アテナ女神は高潔な魂の持ち主を好む。確かに女神の加護を受けた者の言葉に嘘偽りはないだろう。

 しかし。

(女神アテナは処女神……戦いの女神として戦士を守護するならともかく、それ以外で男性を側に置くことなんてあるのかしら……?)

 女神は、自らの純潔に少しでも曇りが差そうとするならば、すぐさま男達に厳しい罰を与えてきた。故意にではなくても女神の怒りに触れてしまい、その生命を落としたり、盲目にされてしまった人間が少なくないのはアーシアも知っている。

 だからこそ、巫女ならばともかく、女神の恩寵を受けている神官がいるとは考えにくかったのだ。

 まあ、神官や巫女の全てが神の加護を受けているわけではないし、それが自称ということもあり得るだろう。
 多分、そのエウリュティオーンという者もその類なのだ、とアーシアは納得した。

 隠していることは幾つかあるが、アレクサンドロスを守ると言った言葉に嘘はない。
 オリンポスと無関係の者ならば会うことを拒む必要もなく、彼女は快く了承した。








 アテナ神殿は、王宮近くの小高い丘の上にある。
 馬を借りたアーシアは、アレクサンドロスらの後に従い神殿内へと入っていった。

 縞大理石が敷き詰められた床に固い靴音が響く。
 どこか遠くから竪琴の音色がかすかに聞こえてくるだけで、静寂の空間は一種独特の雰囲気を醸し出していた。

 白いキトンを纏った巫女が数人現れる。ヘファイスティオンが言葉をかけると、彼女達はさらに奥へと案内を始めた。

「久し振りだ、エウリュティオーン」

 通された部屋にいた人影を見つけて、アレクサンドロスが親しげに声をかけた。

 アレクサンドロスの背後から覗き見て、アーシアはハッと息を呑んだ。

 神官と言うから年老いて重厚な感じの者を想像していたのだが、彼は思った以上に若かった。後から聞いたところアレクサンドロスより4〜5歳年上だということだが、見た感じではとてもそうは思えなかった。

 緩く編んだ青みがかった銀髪を背に流して微笑む彼は、少女と見まごう様な幼い容貌の持ち主だ。大きな瞳は闇よりも暗い漆黒で、見る者の心を吸い込んでしまうような不思議な引力が感じられた。

 だが、何よりも。

 アーシアを驚愕させたのは、彼が纏う“気”が常人とは異なっていたからであった。

(アテナの祝福を受けている……!)

 彼は本当の“アテナ女神の神官”であったのだ。
 まさか本物とは思いもせず、タカをくくっていたアーシアは今さらながら緊張した。

(本物なら、私のこともわかってしまうかもしれない……)

 後ろめたいことは何もないので、ばれること自体は何とも思っていない。

 ただ、それによってアレクサンドロスの側にいられなくなってしまうことは避けたかった。アレクサンドロスを守ることがアトレウスとの約束である。オリンポスを敵にしても約束を果たすと決めたのに、彼の側から離れるのは得策ではなかった。

 アレクサンドロスと言葉を交わしたエウリュティオーンが、アーシアを見た。
 その途端、彼は目を瞠った。

 やはり、彼には分かったのだ。

 アーシアは、どうするべきかと一瞬迷った。






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I believe in fate. =「私は宿命を信じる」




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