――――もし神が人間の祈りをそのまま聴き届けていたならば

      人間は全てとっくの昔に亡びていたであろう――――――





   『エピクロス』より







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Undeniable Despair

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序章-act.3











 塔に連絡をとって数刻もしない内に返信は来た。

 街のはずれに立っているシャラは、宙へと差し出した指に軽やかに舞い降りた小鳥の足から結び文をはずし、カサリという紙特有の音をたてながら開いた。

 頬から流れ出ていた鮮血はすでに止まっている。否、傷そのものが、その白磁のような美しい肌から消えていた。

 紙面を読んだシャラの柳眉が、訝しげにひそめられた。

「……該当する人物はいない、だと……?」

 そんなはずはない、と思う。
 確かに、訓練もせずに先天的に力を使うことが出来る人間が、ごく稀にアーシュムーシュには存在している。……シャラも、その一人だった。
 だからといって、街の人間全てを消したり操ったりする技は、塔で訓練をしなければ無理なはずである。ただ力任せにやれることではない。

 それに。
 あの、妖魔。

(……アレは、確かに使い魔だった)

 幾ら妖魔を操る力を持つ人間が珍しくないとはいえ、人語を解し話すほどの高等な妖魔を使い魔にすることは、やはり塔で訓練された術師でなければ不可能なことだ。

 それなのに、何故、塔のリストに該当する人物が挙がっていないのか?

 ため息をつきながらも続きを読むことにした。
 次は、街のことについて。何か他の街と違う特徴がないか、塔に問い合わせしてあったのだが。

 特徴は……あった。

「……本当に変わってんなー。死の女神カーリーを奉っているなんて」

 生と死は、神が万人に平等に与え給うもの。

 ――――――故に、死を恐れることなく、逆に死は第二の人生、と奉る者たちがいる。それが、死の女神カーリーを信仰する者たちだ。
 彼らは女神に選ばれた巫女を崇め、その巫女が年に一度の祭祀を取り仕切っている。死の大祭、けれどそれは……。

「祭祀って言ったって、要は生け贄を捧げてんだろーが。全く……ん?」






 ――――――ナオ、十数年前ニ、巫女ガ街人ニ惨殺サレタ事件アリ。理由ハ不明。今回ノ件ニ関ワリガアルカサエモ定カデハナイ――――――






「崇められているはずの巫女が惨殺……?どーゆー事だ?」

 その他、塔は念のためにとこの街出身の術者をリストアップしてくれていたが……やはり、魔術師と妖術師の二つの資格を併せ持つものはいなかった。

 そして、最後に。






 ――――――コノ件ハ妖魔ノ仕業デアル。ヨッテ、以後ノ対応ハ、貴殿ノ判断ニ任セル――――――






 つまり、相手が人間であろうと、その時の状況により魔術で攻撃をしてもいい、と言っているのだ。シャラは、ニヤリと笑った。

「これでもう二度と役立たずだなんて言わせねーぞ」

 それにしても。
 魔術が使えるようになったのはよいのだが、結局犯人の推測が出来ないのは変わらなかった。情報が少なすぎるのだ。未知の相手との戦いは、俄然不利である。力任せに倒すことはもちろん出来るだろうが、危険も未知数である。

 そう考えた時、シャラの内で突然疑問が生じた。

 本当に犯人は二つの術師の資格を持っているのか?
 自分たちは何か大きな間違いをしているのではないか?
 犯人はこうだ、と思い込んでいて、根本的なところで見誤っているのではないだろうか?

 もしかしたら……。

「シャラ」

 名を呼ばれて振り返ると、そこには彼の相棒がいた。

「アシュヴィンか」
「怪しい場所を見つけた。来い」
「役立たずを連れて行ってどーするつもりだ?」
「いつまでも根に持つな。役立たずでも私の楯ぐらいにはなるだろう」
「貴様はー!!」
「わめいてないで早く来い。置いていくぞ」

 そういってあっさりと背を向けたアシュヴィンに、まだブツブツ言いながらもシャラはついていった。そのあたりは一応律儀と言うべきか。






 シャラがつれられてきた場所は街中にある神殿のような場所であった。

「カーリー神の祭儀所じゃねーか。こんな所の何が怪しいってんだ?」
「こっちだ」

 シャラの問いには答えず、アシュヴィンはどんどん奥へと進んでいく。そして、地下へと向かう細く長い階段を下りていった。
 シャラも、無言でそれに続いた。

 暗いかと思われた地下の階段は、一定の間隔で壁の上の方に火が灯してあって、それほど苦にはならなかった。

 階段が途切れたところは、広い空間がひらけていた。
 そして、一番再奥に、大きなカーリー女神の像が、炎に照らし出されている。

 その手前の台の上に何かが横たわっているのが見えた。

「?」

 近づいて覗き込んでみて……息を呑んだ。






 それは、干からびてミイラになった死体であった。それも、若い女性の。

 生きていた頃はさぞ美しかったであろうと思わせる面影がどこかしら感じ取れた。来ている服は金糸銀糸がふんだんに織り込まれた上質のものだ。その胸に、腕に、幾重にも重なった宝石の輪があった。

 しかし、よく見ると、体のそこかしこに切り裂かれたような傷の痕があるのがわかった。

 これは……。






 一通り眺めた後、シャラは一息ついた。そして。

「……出てきたらどうだ?こっちはてめぇの正体にわざわざ乗ってやったんだぜ」

 シャラは振り向きもせずに言った。四方を壁で囲まれているのに、その銀鈴のような声が少しもこもらないのが不思議であった。

 しかし、誰に向かって言ったのだろうか?
 シャラをつれてきたのはアシュヴィンだが、別に彼は隠れているわけではない。

 そこにいるのは二人だけ。……の、はずだった。






「……罠だというのはお見通しか」






 そこに、いるはずのない第三者の声。

 神像の影からすっと人影が現れた。
 その男は、街人の振りをして先ほどアシュヴィンとやり合った男だったが、シャラがそれを知るはずもない。

「この男が俺に操られているといつ気づいた?」
「最初っから」

 そっけなく返された答えに、男の方が顔色を変えた。

「最初からだと!?何故だ!?」
「あのなー、天敵の気配には普通敏感なの。幾ら普段と同じように振舞わせていたって、気配の違うのまで誤魔化せるわきゃねーだろ」
「ならば何故、大人しく従っていた?」
「そっちからお呼びがあったんなら、ついていけば探す手間が省けるじゃねーか」
「おびき出したつもりが、おびき出されたというわけか……」

 男が苦笑する。
 それを見て、シャラは記憶をめぐらせた。

「どこかで見たことがあると思ったら、塔のリストに載っていた魔術師だな。名は、確か……?」
「タールクシュヤ。ターラカだ」
「俺になんか用がありそうだな、言ってみろよ。話ぐらいなら聞いてやる」

 随分と高飛車な言い様だが、男――――――ターラカは気分を悪くした様子はなかった。むしろ、丁度いいとばかりに単刀直入に話を切り出した。






「……反魂の術を行ってほしい」
「反魂の術……!?」

 シャラがギョッと目を剥いた。






 反魂の術――――――それは、禁忌の法。

 知を追及する古の賢人たちが探り出した神秘の術。
 だが、神が定めた死を覆して生を与えるこの術は、自然の秩序を狂わすことでもある。

 秩序を守るはずの塔の者がそれを行うことは許されない。
 それ故、知としてこの法は伝えられてはいるものの、実施することは許されず禁忌とされているのだ。






「……貴様は魔術師だろ?」
「そうだ」
「塔の掟を知っていて、敢えて破れと言うのか」
「その方が生き返ってくださるのなら、掟なぞ知ったものか」

 術師として、決して言ってはならない言葉を、ターラカはあっさりと吐き捨てた。
 その瞳には炎が灯っている。
 燃えさかる炎。固い決意。

 そして……強い、想い。

「術をかけてほしいのはこの女か……生き返らせてどうする?」
「貴様の知ったことではない!!」
「それはちょーっとばかし虫が良すぎるんじゃねえの?何も知らせずに塔の掟を破れって?冗談じゃねーよ」
「術を行うのと相棒に殺されるのと、どちらを選ぶ?」

 ターラカの言葉に合わせて、アシュヴィンが紅夜叉の切っ先をシャラに向けた。
 しかし、それには答えず、

「この女……惨殺された巫女だろ?」
「!!」
「大当たりってか。よほどの怒りを買わない限り、巫女が街人に惨殺されるなどありえない。巫女が街人の怒りを買う理由は、ただ一つ」
「反魂の術を行うのか、行わぬのか!?どちらだ!!」
「断る」






 ……空気が張り詰める。

 二人の間を流れるのは――――――殺気。






「……この男に殺される方を選ぶ、というんだな」
「殺される?俺が?どうして?」
「相棒を手にかけることなどできはしまい」

 ターラカの言葉が終わるのと同時に、アシュヴィンがシャラに向かって駆け出した。
 そして、紅夜叉が彼を襲う。

 紅夜叉の刃がシャラの身体に届く寸前――――――シャラの手から放たれた力がアシュヴィンに直撃し、彼は吹き飛ばされた。

「!?」

 驚いたのはターラカの方だった。
 シャラからは何の迷いも躊躇いも感じられなかったからだ。

「何か勘違いしてんじゃねーのか、ターラカ?」

 全身からオーラをみなぎらせながら、シャラは一歩踏み出した。

「おれとアシュヴィンのことを良く知っておくべきだったな。こいつを殺す正当な理由を作ってくれたお前には感謝したいぐらいだぜ」






 シャラが、笑う。











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